『卍』~マジで卍な恋模様~

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谷崎潤一郎というと、みなさん何を思い浮かべるだろうか。
「『春琴抄』とか『細雪』はタイトルだけ聞いたことあるな」
「確か女の人の脚が好きなおじさんじゃなかったっけ」
「変態文学の人でしょ?」
と、まあ各自なんとなくのイメージをお持ちのことと思う。

わたし自身は、二十代半ばまで谷崎に「恥ずかしげもなくジジイの性癖を小説に書いたキモいおっさん」という先入観を抱いており、読みもせずに毛嫌いしていた。
今考えるとなんてもったいない、と思わなくもないのだが、当時のわたしは若干潔癖で純粋な乙女であったのでそれはそれで仕方がないのかもしれない。
その後、身近にいた文学好きな人たちに谷崎を熱くおすすめされ読んでみたところ、「こんなに美しい文章を書く人だったのか!」と衝撃を受け見事にハマり、現在に至る。

名作はもちろんいくつもあるのだが、わたしの周りの文学好きがこぞっておすすめしてきたのが『卍』であった。
わたしは従来恋愛ものがそこまで好きではなく、「男女四人の愛憎劇」とか言われても全然魅力を感じなかったのだが、一度読んだら自分でもびっくりするほどこの作品の虜になってしまい、初めて読んだときから二年に一度のペースで読み返している。

さて、今回はそんな『卍』の魅力をお伝えしたい。

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あらすじ

舞台は阪神。主人公の園子は何やらスキャンダルを抱えているようで、自分の身に起きたことを洗いざらい「先生」なる人物に打ち明けたいと言って語りだす。
まじめで頭のいい夫に物足りなさを感じつつも日々それなりに暮らしていた園子はあるとき趣味で通っていた学校の校長にいちゃもんをつけられる。
徳光光子という話したこともない生徒と同性愛の疑いをかけられ迷惑するも、ある日光子に話しかけられたことをきっかけに急接近。
同性愛のふりをして校長をからかうつもりが、二人の仲は友人から姉妹、そして恋人へと発展していくのだが…。

作品の読みどころ

【卍の魅力① 関西弁】

この小説はすべて園子の語りというかたちで書かれている。
この関西弁、関西人が読むと不自然に感じるらしいのだが、谷崎と同じく関東育ちのわたしにはとても美しく滑らかに感じられた。
最初に読んだときは聞き慣れない言葉と息継ぎのない文章に読みづらさを感じる部分もあったが、慣れるとすごく魅力的に聞こえてくるのだ。
特に園子と光子、女性の言葉がかわいらしく思える。
二人の手紙のやり取りも好きな部分で、スマホもLINEもない時代だけど、仲良しの女子同士のコミュニケーションってそんなに変わらないのだな、と読んでいてほほえましくなる。

【卍の魅力② 夫婦喧嘩】

特別仲が良くも悪くもない夫婦の間に光子という存在が現れたことにより夫が焼きもちを焼き夫婦喧嘩が勃発。
普段は園子のわがままに折れることの多い夫が珍しく負けずに応戦。
「変態性欲」「文学中毒」「人間の化石」「不良少女」…
テンポよく繰り出されるアクロバティックな互いの悪口の応酬は序盤の名シーン。
影薄い夫の数少ない活躍(?)シーンでもある。
正論を言っているはずなのに最後には痛いところを突かれて言い負けてしまう夫氏が切ない。

【卍の魅力③ 粘着系イケメン綿貫】

たとえどんなに顔が良くてもこんな男とは付き合えない、絶対に。
光子の恋人らしいが常に腹に一物二物を抱えて人を試すようなことをするネチネチ系。
言うこと為すこと不愉快極まりなく思えるのだが、忘れてはいけない、この小説は園子目線で語られているということを…。
とはいえ、こいつがいなければ事はここまでややこしくならなかっただろうとは思う。
谷崎の作品にたまに出てくるキモ男は生き生きとしていてこれはこれで魅力的だと言わざるを得ない。

【卍の魅力④ 光子観音】

『卍』を読んでなぜ虜になったかって、それはわたし自身が光子の虜になったから。
こんな子がもし自分の近くに現れて仲良くしたそうに近づいてきたら、自分だってコロッといってしまうのでは、そう思ってしまう。
光子の無邪気な「男からも女からも崇拝されたい」という気持ちはわからなくもないし、かわいくて天真爛漫なワガママっ娘ってズルい、と思いながらもどうにも憎めない。
だからといって、観音様に重ねて崇拝し騙されても利用されても悔しがりながら許し愛してしまう園子の溺れっぷりには敵わないが…。

最後に

いくつか魅力を紹介したが、一番すごいと思うのは四人の男女のゴシップ的な愛憎劇をここまで芸術的かつ魅惑的に描き出したところ。
あらすじだけを説明したら俗っぽくて読む気がしないという人もいるかもしれないが、そういう次元じゃないんだ!
これは本当に読まないと感じられないので、ちょっとでも気になったらぜひ手に取って読んでみてほしい。
読んだら「文学中毒」を起こすかもしれないけれど…。

マヤ
マヤ

Be careful !

タイトル:卍
著者:谷崎潤一郎
出版社:新潮社(新潮文庫)
ページ数:272ページ
定価:605円(税込み)

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