『方丈記』私をとりまく小宇宙としての家

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コロナ禍が訪れて間もない頃、ひょんなことから鴨長明の方丈記を読んだが、これがかなり面白かった。
「方丈記」は、「枕草子」「徒然草」と並び日本三大随筆の一つという知識だけはあったので、さぞ古めかしい内容なのかと思っていたら、逆に人の世は800年では本質的には何も変わらないのだと思い知らされた。

方丈記の方丈は、方丈(正方形)の庵(小さな家)という意味である。
この家は解体と運搬が可能な設計となっていて、状況の変化に応じて移動できる小さなセルフビルドのモバイルハウスだったのだから、古いどころか現代においても新しい内容となっていることに心底驚かされた。

方丈記は1万文字にも満たない短い随筆(エッセイ)で、方丈庵に移り住む前の青春時代と、挫折を経て方丈庵に移り住む後半の二部構成で書かれている。

まず、前半の青春時代の話が面白い。
鴨長明は、平安時代末期から鎌倉時代前期に生きた人物だけど、その出自は京都の下鴨神社の重役の息子であった。
下鴨神社といえば今も京都を代表する神社のひとつであるが、長明は将来はそんな神社を継ぐことを期待されたいわばエリート家系の子息だったのである。

順風満帆かと思われた長明だけれど、18歳で父を亡くしてから後継者争いから離脱させられ、親族から弾き出される。
さらに長明が20代だった京都では大火、竜巻、地震といった災害や遷都といった社会の大きな変化が立て続けに起こる。
このように前半部分は父の死、親族からの排除、未曾有の大災害と社会変化による挫折と社会からの排除が描かれるのである。

自分の力ではどうしょうもない状況から絶望する長明だったが、1つだけラッキーなことがあった。彼には歌の才能があったのである。

やま
やま

方丈記が日本三大随筆として800年も受け継がれるだけあって、鴨長明の書く文章はとても美しいんです

また、長明は楽器も習い始めて、音楽も奏でるのである。
このあたりは読んでいて思わずほくそ笑んでしまうくだりだ。

亡き父の跡は継げなかったが、和歌を選ぶ仕事でその才能を遺憾なく発揮した長明は、時の権力者である後鳥羽上皇に見出される。
そして下鴨神社ではないが、かつて父が務めたことのある由緒ある神社の継ぎ手となることが内定する。
まさかのサクセスストーリーである。

しかしここでも悲劇が訪れる。
長明の親族から「待った」がかかったのである。
親族らから様々な理由を挙げられて、ついに長明は決まりかかった内定を取り消される。
そして絶望する。

やま
やま

ここまでが前半のあらすじだけれども、ここまでのストーリーも物凄く面白いです

そして後半、方丈記の真骨頂、小さなセルフビルドのモバイルハウスでの生活に移るのである。
もう若者とは言えない長明は、出家をして山奥で一人終の棲家をつくりはじめる。

その家は、誰かに建ててもらった家ではなく、長明自身の手でつくった平屋の建築だった。
約5.5畳の家には必要最小限のものだけが機能的に納められていて、すぐ南には川が流れ、大自然に囲われた小さな小さな家である。

間取り図を起こしてみると、約3m×3mの物凄くミニマムな家の内部は生活するスペース宗教(仏教)のスペース、そして歌や楽器で音を奏でる芸術のスペースで構成されている。

由緒ある神社に生まれ、また出家した身であるから仏教のスペースがあるのは当然だけれど、面白いのは宗教スペースと同じくらい芸術のスペースがあること。
人の生には音楽や歌といった芸術が欠かせない事実を、800年越しに突きつけられた気がして思わずグッときてしまう。

住宅は建築の中でも最も身近であり、ミニマムな存在である。
当たり前に自分たちの周りに存在しているけど、普段はほとんどの人が意識の外側においている「住まい」というものが、人間の本質を表す小宇宙のようにみえてくるのがとても面白い。

やま
やま

小さな家の中に内包する無限の可能性と営みを方丈庵に感じるんですよ

また、もう一つこの建築が面白いのが、この家が解体・移動が容易にできるように設計されていていることだ。
ここで20代の頃に、大火や地震などの災害を経験し、形あるものがいつか簡単に壊れてしまう実体験の伏線が回収される。
不動産を築き、それを大事に大事に守る生き方に挫折した長明だからこそ出した答え。
それははじめから移動や壊れることを前提とする家と生き方。
現代に読むと、変化する社会や予測ができない自然を相手にするのだから、そんな家と生き方のほうがよいではないか、といっているようである。
これが先見性なのか普遍性なのか、過去と現代を繋ぐ長明の言葉にハッとさせられる。

長明のモバイルハウスのアイデアの普遍性は日本の(近)現代建築にもみることができる。
例えば建築家の黒川紀章氏が1972年にデザインした中銀カプセルタワービルをみてみたい。

この建築は、140戸のカプセル状のユニットにより構成されるユニークな建築である。建築は建設当時の建築界に大きな衝撃を与え、世界的にも評価されている。
カプセルは構想上は取り外して交換することも可能とされ、メタボリズム(新陳代謝)という建築運動の代表的な実作ともされている。

黒川氏は爆発的に増加する人口や複雑化・多様化する社会に対して、これからの人類(ホモ・サピエンス)は土地のしがらみから開放され移動するホモ・モーベンスに進化するのだと説いた。

ちなみにカプセルの大きさは約5.5畳と方丈庵と全く同じサイズ方丈記では琵琶や琴の楽器が置かれていたがカプセルタワービルではテープレコーダーになっているのもとても興味深い。

やま
やま

中銀カプセルタワービルは残念ながら2023年に解体されてしまったよ

現代の建築の話に広がってしまったけれど、方丈記にはそんな現在進行系で進む社会問題や個人のあり方に対するヒントが随所に散りばめられている。

古典と侮るあなどるなかれ。

そこには800年前に生きた鴨長明という一人の人間の生と、それを取り巻く小宇宙の魅力がたっぷり詰まっている。
それも50ページに満たない短い文章に、これでかというくらい結晶化している。

時代を超える鴨長明の一冊。
是非手にとって、その世界を体感してみてほしい。

文庫版には当時の京都のマップや方丈庵の図面などの資料も豊富に掲載されていて、おススメですよ

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